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こんにちは。さゆりです。
最近、友人から「母親が嫌いなのかも」と打ち明けられました。
友人が言うには、結婚するまでは、母が嫌いという気持ちはなかった、と言いました。
- 精神疾患を持ち自己中心的な父と離婚せずに支え続け
- 厳格な実母と同居し
- 2人の子どもを育てる
子どもながらに「お母さん、大変だな」と思ってたそうです。
そのような大変な姿を見てきたので、友人は反抗期というものもなく、親に心配をかけないように過ごしてきたようです。
しかし、結婚後、夫の実家と関わるようになり、また子育てを通して、
- ウチの実家は変だったのかもしれない
- 母は自分の都合の良いように、私を利用していたのかもしれない
- 今でいう「機能不全家族」だったのかもしれない
と感じるようになったそうです。
「母親のことが嫌い。好きになれない」という感情は、長年の葛藤が複雑に絡み合っており、また共感されにくいことから、わたしに打ち明けるのも辛かったかもしれません・・
※わたしがちょっと複雑な家庭環境で育ったことを知っているため、彼女も気持ちを打ち明けることができたのかもしれません。
このような、実生活では打ち明けづらい親への感情を整理し、ブログ上で伝えることで、
- いま、家族関係で苦しんでいる
- 母親に複雑な思いを抱えている
という方が、少しでもラクに生きれるよう、そしてこのような「負の感情」を持っても良いんだ、というを、風にあなたが感じてくれたら、とてもうれしいです。
ぜひ記事を読んでください。
きっかけ:母親に会うと、心の中がザワザワして落ち着かなくなると気づいた
友人が「母親が嫌い」と自覚したきっかけは、「母に会うと、帰宅後からしばらくの間、不機嫌になる」と自覚したからだそうです。
友人の母は70代前半。要介護3で認知症グループホームに入居しています。
月に一度、通院の付き添いがあり、兄弟と分担して付き添っています。
なので数か月に一度は、顔を合わせることになります。
数時間、時間を共に過ごすだけなのに、別れるときには身体はグッタリ、心は不安定、ひどく落ち込むのだそうです。
しかも、その心労のせいか、その週はなんとなくグッタリな日々が続いてしまうと嘆いていました。
なので、
「二ヶ月に一度の通院すら、付き添いたくない」
のです。
しかし、第三者である施設職員の方に「母と顔を合わせたくありません」と伝えるなんて、とてもできない、また「入居者に身寄りがある場合、家族等が外出に付き添うのが前提」となっているため、しぶしぶ付き添っているようです。
なぜここまで、ぐったりしてしまうのか、友人の話を考察し、また私自身の経験をあてはめて考えたところ、以下の結論にたどり着きました。
会いたくない理由:蓋をしていた、自分の辛い気持ちがあふれてしまうから
親に対して複雑な思いを抱えている私たちの心の闇の原因は、
・幼い頃から、甘えたいのに甘えられなかった
・成長の過程で「あなたが大好きよ」と言ってもらえなかった
・優しい言葉をかけてもらえなかった
このような「親の無条件の愛」を受け取れなかった哀しみを、大人になった今でも、思い出してしまっているようです。
いま友人にも私にも、高校生以上の子どもが二人、います。
子どもたちは心から愛おしく、それは大きくなった今でも変わらない、というのが、友人も私も共通認識です。子どもがかわいくて仕方がありません。
それなのに「私たちの母はなぜ、愛情表現をしてくれなかったのだろう」と責める気持ちになり、会うたびに辛くなるのです。
でたちは、私たちのそのような気持ちに少しも気づきません。
友人の母は、「なんであんな施設に入れたのよ」と、悪態をつくのみです。
※友人の母は、お金が全くなかったので、年金+生活保護で施設に入居しているため、施設を選ぶことはできませんでした。
なぜお金がなかったか、というと以下のような理由のためです。
- 父親が精神疾患のため、入院・退院を繰り返していたから
「高額療養費制度」を知らないため、全額負担していた
また父親の職場に知られたくないため、傷病手当金の給付申請などもせず、欠勤扱いとしていた
当然、給料は減給です・・・ - 母方の祖母が亡くなったとき、種違いの姉が現れ、土地の相続権を主張されたから
「遺留分」の考え方を知らず、土地の評価額の半分をそのまま姉に現金で渡した
その際、消費者金融を利用してしまい、数年後には実家を手放すことになってしまった - 父親が最低限の生活費しか、母に渡さなかったから
生活費は最低限しか渡さず、残りのお金は自分の好きなように使っていた
しかし母は、それに反論することができなかった
「なんでさっさと離婚しなかったのだろう」と思う父親ですね
このような、幼少期から結婚するまで心の奥底にくすぶっていた辛いつらーい気持ちが、母と会うことで蘇ってしまい、怒りをぶつけたい衝動になってしまうのだと考えます。
全く価値観・考えが違うことに苛立ちを覚え、話すことも会うことも嫌になってしまうのです。
結論:母親と会うのは最低限に。会わない選択肢も考えたい。
こんなわけで、友人は、必要最低限の通院の付き添い時のみ顔を合わせるという生活を、ここ2年の間、続けています。
私もまた、母親と疎遠になっており、距離を置いた生活をしています。
このような心の奥底の闇を、実生活で他人に話すことはありません。
私と友人はたまたま、似ている境遇を発見し、辛い気持ちを分かち合うことができました。
兄弟にすら、ここまで打ち明けることはありません。
夫はすべてを受け入れて、私の好きなようにすればいいと言ってくれています。
長い間、苦しんで生きてきたため、現在、他人に言えず辛い気持ちで毎日を過ごしていたり、あるいは辛い気持ちにすら気づいていない、ヤングケアラーもいると思うと、心が痛むのです。
なので、家族や母親との関係で苦しんでいる人に「なるべく距離を置いて、逃げて」ということを伝えたい。
まだ自立ができない若い子は、学校の先生や行政職員などに辛い気持ちを訴えてほしい。
成人した方たちは、「家族」という言葉につきまとう、優しさの義務感や同調圧力に屈しないで、自分の生きたいように生きてほしい。
親のために、自分の人生を犠牲にしないでほしい。
読んでくださったあなたが、今よりも心が穏やかになれますように。心から願います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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